イーガンの<直交> Orthogonal 3部作を読み切った
めちゃくちゃ難解だったけど、読んでよかったと素直に思えた
「謎技術でワープできます」というチープなSFを完全に置いてけぼり
作品独自の物理法則を定義して数学の力で物語の中の科学者が世界のなぞに挑んでいく
作中の世界設定を正面から扱う姿から圧倒的な説得力に満ちた世界観が広がる
現実の科学史にほぼ対応するような実験結果が作中で行われことでリアリティが半端ない
もちろん物理法則の違いから異なる結果になることもあるが、「作中の宇宙ではそういうもんだ」と読み進めていけば何とかなる
バーナード嬢曰くでもイーガン作品を読むにあたって以下のように紹介されている
ハードSFを読むうえで求められるリテラシーとは
「難しい概念を理解できる知識を持っているか」ではない
「よくわからないままでも物語の本質を損なわずに作品全体を理解するコトが可能な教養のラインを感覚で見極められるかどうか」・・・・・・だ
とはいっても、「分からない」にも程があった
おおよそ我々の宇宙での物理法則と作中世界での物理法則の発見の対応は以下の通り
(1巻)クロックワーク・ロケット:特殊相対性理論
(2巻)エターナルフレイム:量子力学
(3巻)アロウズ・オブ・タイム:一般相対性理論
読んだら考察ブログを書こうと考えていたが、「考察」をしようなんて考えが甘すぎた
1巻の巻末に公式の「虎の巻」が収録されており、丁寧な考察というか世界設定に対する数学的な説明がなされていた
正直、この丁寧な解説を読んでも理解できているか自分でもよく分からなくなったけど、まぁ吐き出すために書く
この<直交>シリーズは、我々の宇宙とは「ちょっとだけ」物理法則が違う宇宙が舞台
物理法則のちょっとの違いとは、、<直交>宇宙では時間と空間を等価に交換できるということ
「虎の巻」を参考にプログラムにするとこんな感じ
// 我々の宇宙で空間を移動した人の主観時間
主観時間 = sqrt(時間^2 – (距離/光速)^2);
// 直交宇宙で空間を移動した人の主観時間
主観時間 = sqrt(時間^2 + (距離/光速)^2);
直交宇宙では移動前の系の時間に対して、移動した側の主観時間が上回るので「未来」を進むことができる
つまり我々の宇宙の相対性理論のちょうど逆になっている
我々の宇宙において光速に近い速度では2項目がマイナスに作用することで「主観時間」が減少する。
光速に近い宇宙船で地球に戻ると減少した主観時間では1年しかたってなくても地球時間で100年たっていたというSFでありがちな現象が起きるわけだ。
しかし直交宇宙では2項目がプラスに作用して「主観時間」が増加する
光速に近い宇宙船で地球に戻ると増加した主観時間では1年たっていても地球時間では1日しかたってないという逆ウラシマが起きる
この逆ウラシマが3部作を通しての物語の中心になる
このプラスマイナスの違いの部分は、我々の宇宙ではローレンツ因子として定義されている部分(たぶん)
ローレンツ因子と含む式として、相対論的質量の式に当てはめてみると
// 我々の宇宙の相対論的質量
運動している系の質量 = 静止質量 / sqrt(1 – (速度/光速)^2);
// 直交宇宙の相対論的質量
運動している系の質量 = 静止質量 / sqrt(1 + (速度/光速)^2);
速度を光速に近い値にして計算してみると、我々の宇宙では質量が大きくなる
このため我々の宇宙では速度を上げていくと質量が増えていき運動量を上げることが困難になっていき、ついに光速では質量無限大になるため光速を超えるのは式の上では不可能
対して、直交宇宙では速度が上がるにつれて質量が軽くなる!
光速に到達することが可能なうえに、さらに速度を得ることが可能となる
このように直交宇宙の光速に近い慣性系の解釈には、我々の世界の特殊相対性理論のほぼ逆と理解すればよく、1巻までは中高校生レベルの数学で付いていくことができた
1巻では最終的に山まるごと宇宙船にして飛ばすという計画を実行するのだが、作中の様子を見るにコンピューターは存在しない時代で紙とインクで計算をしていた
我々の世界での宇宙開発も最初期は似たいような感じだったことを考えると「なくはないかな」という感じではある
それでも9000メートル級の山を1つ第3宇宙速度で打ち出すというのは、直交宇宙の物理法則があってこそだ
ちなみに、テストを兼ねた有人ロケットの初試験では死者が出る。ロケット開発史として、その過程がとてもリアル
2巻になると、いよいよ分けわからなくなるのだけれど、作中の鏡が粒子にさらすと不連続に曇っていく現象なんかは我々の宇宙の光電効果だろうとか、この現象を説明する過程で出てきた比例定数であるパトリジアの定数は我々の宇宙でのプランク定数なんだろうとか、なんとか対応付けすることで理解の助けにはなった
とはいえ、そもそも我々の宇宙の量子力学が直感的に理解しがたい内容なので、直交宇宙の量子の振る舞いも謎だった
タイトルであるエターナルフレイム<永遠の炎>が発見されるのだけど、これってE=mc^2が直交宇宙ではマイナスになってるからという理解であってるのだろうか?
我々の宇宙では質量をエネルギーに変換できる。例えば核反応や反物質との対消滅でエネルギーが取り出せる
直交宇宙では逆になって質量を獲得するとエネルギーが増える(という理解であってる?)
増えた質量は光として放出することで辻褄を合わせたシステムがエターナルフレイムなんだろうか。このあたりは自信ない
作中では反物質との対消滅でエネルギーが生成されたような描写があるし、この解釈は間違っているのかな
3巻アロウズ・オブ・タイムは、「時間の矢」を扱う
特殊相対性理論に加速系まで拡張した一般相対性理論もここから
恒星の重力を使って理論の検証をするところは我々の科学史と同一でこれまたリアル
ロケットの進行方向が折り返し地点で減速、その後加速して逆転
この加減速にあたって我々の世界での一般相対性理論に対応していく感じだろうか
宇宙全体の曲率から宇宙の形を求めていく部分は、残念ながらさっぱりだ
直交宇宙はその性質から有限である必要があるという前提そのものが分らんかった。。。
直交宇宙の物理法則を活用することで未来からの情報を得る<メッセージシステム>と、未来の自分からのメッセージを受け取ってしまった人がどうなってしまうのかの哲学的思考実験は楽しめた
3巻まで来ると物理法則と数学が大学院レベルに到達。それでも物語そのものが面白く読み切れた
時間の矢が反対の惑星に降り立った時の足跡の描写とか、どんな想像力があればあんな魅力的な文章にできるのか
ここらで力尽きた。また考えまとまって時間あったら何か書くかも